賽(さい)と匙(さじ)とがあるのなら、賽のほうを投げたいのは言うまでもない。
 しかし、今のところ、涼が投げれるものは匙しかないらしい。
「何をうまいことを言おうとしているんだ、僕は」
 シリアルを食べ終わった涼は、スプーンを荒々しく置いた。投げたわけではない。
「うーん」
 涼は悩ましげに唸る。今日もいい場所を探すことができなかったのだ。


 涼は今日、予定通り羊ヶ丘展望台へと足を運んだ。クラーク博士の像がたたずむ丘である。涼が仮住まいを持つ白石から、札幌を経由して地下鉄で福住へ。そこからさらにバスで10数分。乗車時間こそ短いものの、乗り継ぎを合わせると、1時間以上を要した。交通費は約700円ほど。
 移動時間にしても交通費にしても、涼にとってはあまり嬉しいものではない。大通公園までならば、30分もかからず、交通費も400円程度だったのだ。そこと比較しても詮無きことであるのに、涼はいまだ無念さを拭えずにいるのだ。
 涼は以前にも羊ヶ丘を訪れたことがある。だから、薄々感じていたことではあるが、今日また来訪して、パフォーマンスに不向きだと明確に悟ることとなった。
 羊ヶ丘展望台には、駐車場とレストランとクラーク像しか無い―――と言うと語弊があるのだが、涼から見れば同然のことだった。丘の外に広がる大草原は見事なものである。さらに、その向こうに鎮座する札幌ドームも、今風の美しいフォルムを呈している。木陰の休憩所もあれば、土産屋もトイレも博物館もある。しかし、ことパフォーマンスのやり易さと言う意味では、とても涼を満足させられるものではなかった。


 クラーク像はたくさんの観光客に囲まれている。



 しかし、クラーク像に近づくためには520円の入場料が必要だった。
「520円払って中に入って、そこでパフォーマンスをしようか……」
 涼も一瞬そう考えたが、しかし、受付から見て目と鼻の先でパフォーマンスする姿を想像すると、とても自分が在りたい姿とはかけ離れている。あからさまな営業妨害としか思えないのだ。見境がない、と言われても不思議はないのだ。
 確かに多くの人にパフォーマンスを見てもらいたいというのが涼の願うところではあるが、いつでもどこでも、というわけにはいかない。パフォーマンスを見せるために迷惑をかけてしまうとなると、本末転倒でしかないのだ。
 こうなることは、やや想像していたのではあるが、涼は落胆して、羊ヶ丘展望台を後にした。


「次はどこに行こうか……」
というのは、考えるべくもない。札幌ドームがすでに眼中に捕えられているのだ。
 涼は、大草原の奥にそびえる日本ハムファイターズの居城を目指して足を進めた。




 バスに乗るのは気が引けた。移動時間を短縮できるのは嬉しいことだが、交通費を支払って短縮された時間に、今は価値を見出せない状況なのだ。早く行ったからといって、たくさんパフォーマンスができるわけではない。むしろ、ゆっくり歩いて向かいながら、人の動きを見て、より良い場所を探すことのほうが重要だと涼は考えたのである。


 40分ほど歩くと、その美しいフォルムのドームに辿り着くことができた。今日は野球もサッカーも、それ以外のイベントも何もない。それはわかっていたが、しかし、何もないからといって、人がひとりもいないとまでは、涼は想像していなかった。
 もちろん、パフォーマンスができようはずもない。






「もうここに留まる理由もない、か」
 涼は踵を返して、地下鉄福住駅へと足を運ぶ。 
 往路と全く同じルートで札幌へと戻るつもりだったが、
「次は、豊平公園」
という社内アナウンスが聞こえたことで、涼は電車から飛び降りた。
 もしかすると、人の賑わう公園かもしれない。小さな可能性ではあるが、涼はそれにすがらざるを得ないのだ。




 しかし、真実は無情なものである。
 涼の望みを叶える必要は『真実』にはないのだ。
 美しい白樺林。それが豊平公園だった。




 ミストと言うべきかマイナスイオンと呼ぶべきか、水分を帯びたひんやりと冷たい風が林を駆け抜ける。
 涼は、その風を背に受けながら、また地下鉄の駅へと戻り、そして札幌を経由して白石の自宅へと戻ったのだ。


 シリアルを食べ終わった涼は、次にコンビニの焼うどんに手を出す。あまりお金がかけられない涼にとって、セイコーマートの100円焼うどんは天の助けにも思える。焼うどんだけでなく、セイコーマートはすべからく商品が安い。
 レンジで温めると、1分後に「チン」と音がした。
 しかし、その「チン」はレンジだけの音ではなかった。
「やった!一休さんになった気分!」
 涼に閃きが湧いたのである。
「ケヴィンさんに聞いてみよう!」
 ケヴィンというのは、先日、涼がパフォーマンスをやっているのを見に来てくれたマジシャン仲間である。ニックネームが『ケヴィン』なのであって、れっきとした日本人だ。はじめは観客として、だったが、その後数回に渡って涼と顔を合わせているのだ。札幌のストリートパフォーマンス事情にも詳しい。
 涼はさっそくケヴィンにLINEでメッセージを送った。
「大通公園以外で、どの辺りがやりやすいですか?」
 返事はすぐに来た。
「20時過ぎならすすきの狸小路3丁目、21時過ぎならラフィラ前のシャッターが一部閉まるのでその前で、23時過ぎればラフィラのシャッターは全部閉まるので、そこがやり易いです」
 涼がやっていた時間帯と比べると、ずいぶんと遅い時間ではあるが、行ってみる価値はある。いや、行かない手はない。
 焼うどんをすすり終えた涼は、再び身支度をして、夜のすすき野へと向かう。





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