夜のパフォーマンスの翌日は、体調を整えるのが難しい。
 今日もまた、涼は体調を崩した。
 体調管理の仕方が悪い、と言えばその通りなのであるが、何とももどかしいものがある。体のほうがもたない、というのが涼には悔しい部分なのだ。日々、奥歯を噛みしめなければならない。
 パフォーマンス自体も激務と言えば激務なのであるが、涼はその部分にはあまり苦労を感じてはいない。慣れているから、ということもあれば、観客が喜ぶ顔が支えになる、ということもある。身も蓋もない言い方をすれば、チップに支えられているとも言える。
 しかし、歩き回って観客を探す労力は涼を大きく消耗させる。涼の行動スタイルは、演じているか歩いているかのどちらかしかない。演じていないときは、常に歩いているのだ。観客が見つからなければ、1日2時間や3時間は歩くことになる。それでいて、歩いている時間というのは、まさしく徒労の部分なのだ。大きな目で見れば、歩いてこそ演じるチャンスを手にできる、ということなのだが、微視的には、歩いているその時間は全く身入りの無い時間なのである。笑顔にもチップにも支えられていない、孤立無援とも言える孤独感との戦いなのだ。
 営業の仕事をしている人から見れば、「そんなの当たり前のことだ」と言われてしまうのかもしれないが、慣れていないこともあれば土地勘がないこともあり、先の見えないという心理的な苦労を涼は抱えている。
 パフォーマンスは営業でありエンターテイメントであるのだから、疲れた表情を見せるわけにはいかない。楽しんでもらうためには、楽しい表情をしていなければならないのだ。苦労して疲労してパフォーマンスに臨むことがプラスになることはないだろう。涼が感じるジレンマのひとつである。疲れた状態でパフォーマンスに出かけるべきではないと思っていても、出かけなければ家賃もままならない現実的な悩みもある。休むほうが近道だとしても、休む決断するのは勇気がいるのだ。


 涼が部屋の窓から外を見ると、強い風が吹いていた。台風で、九州では大きな被害が出たという。札幌では、今のところ、それほどでもないというのが涼の印象だが、台風ほど気まぐれなものもあまりない。来ないと思っていた台風が急接近することもあれば、来ると思って万全の準備を整えていたのに肩透かしを食らったように風が反れていくこともある。
 屋外でのカードマジックでは、風というのは嫌なものである。演じている最中にカードが飛ぶことも多く、特に観客にカードを渡すときには注意が必要なのだ。一連のパフォーマンスの流れの妨げにもなれば、「今の隙に何かしたのでは」と邪推されることもある。もちろん、カードが汚れるのも嬉しいことではない。天候を読むことも、パフォーマンスを演じるにおいてひとつ重要なことなのである。





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