カラオケ屋、居酒屋、ホストクラブの熾烈なシェア争い。すすきので毎日見られる光景である。
  赤いカラオケ屋制服を着て看板を持ち、
「カラオケいかがですかー?」
と、声を張る若い女性。
  黒いエプロンと黒いバンダナをユニフォームとし、
「2次会どうですか?安くしておきますよ」
と、ほろ酔いの客を呼び止める居酒屋の店員。
 ふんわりとしたエアインのヘアスタイルと、胸元を大きく開けたシャツの上からタイトなスーツを羽織る出で立ちで、
「お姉さんたち。お酒はもう飲めないけど帰るにはまだ早いと思っているところでしょう?」
と、小声で女性客を勧誘するホストたち。
 涼も観客を求めてその場所を何度も通るのだが、通行人よりも店員のほうが圧倒的に人数が多い場所でもある。
 パフォーマー誰に聞いても、その場所が一番いいと答えるのだが、涼がその場所でうまくいったのは1度か2度。あまり涼が得意とする場所ではなかった。 

 結局、すすきのでも、涼がパフォーマンスをする場所は、今のところ商店街の中しかない。とはいえ、すすきのの商店街は全長1kmほどもあり、それだけでも十分な演目スポットである。
 商店街は、夜の8時ぐらいから徐々にシャッターが降りていく。シャッターが降りた場所が、ストリートパフォーマーたちの演目場所となるのだ。サッカーのリフティングパフォーマンス、ギターの弾き語り、ジャグリングに木琴演奏。似顔絵師にアクセサリ屋、写真に絵画。数多くのパフォーマーたちが、シャッターの降りた店先で演目や販売をする。
 音楽系のパフォーマンスが多いので、残念なことに、音響が重なってお互いに邪魔し合っていることも多い。もっと残念なのは、さらにその近くで漫才をする芸人がいたことだ。涼がその前を通過しても、何をしゃべっているのかもわからない。身振り手振りを見て、たぶん漫才なのだろうと想像するだけである。
 涼はそれを見ながら、自分のパフォーマンススタイルが最も良いのだと実感する。ミュージシャンたちの演奏は、少しは足を止める人もいるが、ほとんどの人は素通りしている。座り込んで聞いている聴衆もいるが、退屈そうにしているところを見ると、サクラなのだろうと涼は思う。観客が1人もいないよりは、少しでも友人にサクラとして協力してもらったほうが、他の観客も足を止めやすいのだ。
 ギターのケースをチップ箱にしてはいるが、あまり入ってはいない。涼の演目で換算すれば、1演目か2演目ぶんのチップである。どのパフォーマーも、そうそううまくはいっていないのだ。
 その中で、涼が好きな音色を鳴らす演奏者がいる。凹凸のあるフライパンのようなパーカッションで、指で叩いて音を鳴らす打楽器である。レゲエだかボサノバだか、涼の知らないジャンルの、涼の知らない楽器なのだが、その美しい音に、通過するたびに涼は癒されるのだ。
 涼は自分のチップ箱を傾ける。100円玉が出てきたので、その演奏者のチップ箱に入れた。本来なら、もっとずっと聞いて500円でも入れたいところなのだが、涼も忙しい身。あまりずっと聞いてばかりはいられない状況なのだ。
 領土を侵してはいけないと思い、涼はあまり他のパフォーマーの前を通らなかったのだが、しかし、ここ数日は初心を思い返して、良い演目にはチップを入れるようにした。ちょっとしたお裾分けだ。
「チップを入れて欲しいときには、まずは自分が入れなければならない」
 涼はまるで率先して行動したような独り言を小声で口にした。『お裾分け』とは、率先した者の行動ではないにもかかわらず。

 土曜の夜だけあって、この日もパフォーマンスはうまくいった。1週間のうち、これだけうまくいくのは、きっと土曜の夜だけなのだろうと涼は思う。
 日曜にも行ってみるつもりではいるが、平日に行くほどではないというのが涼の見解だ。
 涼が札幌にいられるのもあと3日。いずれにしても、日曜日がラストチャンスになりそうである。
 



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