外国人に演目をするときには難しいこともある。
  英語で話すのが難しいというのも、もちろんある。パリやロンドンでは当然のように英語で演目をしてきたのだから、日本に戻っても英語でパフォーマンスするのは簡単だろう、という考えは、そんなに正しくはないのだ。やはり、英語で話をしようとするのは、涼にとっては1段階心のハードルが高いのである。しかも、その横には日本人もいるのだから、並んで座っていたら、日本人のほうに話しかけてしまうのは当然のことだろう。積極的に外国人にパフォーマンスを、というのは、重い腰をあげる必要があるのである。
  しかし、外国人と話す難しさは、それだけではない。話しかけるときに気を使うのだ。話しかける言語の問題だ。
  何ヶ国語も喋れるわけではないプチバイリンガルの涼が話しかけるには、「こんにちは」か「ハロー」しかない。ただ、通じるのは「ハロー」だとしても、「こんにちは」と話しかけるのが正しいと涼は思うのだ。
  海外にいるとよくあることだが、日本人は「ニイハオ」と声をかけられることが多い。涼の場合は「こんにちは」の率もそこそこあったのだが、一般的に中国語で話しかけられることが多いと聞く。東洋人の顔の区別がつかないヨーロッパ人は、ひとまず中国語で話しかけてくるのだ。中国の人口は日本人の10倍ほどなので、「ニイハオ」と言っておけば9割がた正解する。韓国を含めても、8割がた中国人なのだから、正解率を考えると「ニイハオ」と言っておくのが正しいというわけだ。
  しかし、日本人の中には、中国人と間違えられるのを良くは思わない者もいる。ならば現地の言葉で挨拶してくれればいいのに、と、その日本人は思うわけだ。海外旅行をしているのだから、挨拶ぐらいは現地の言葉でしたい、と考えるのも至極普通のことだろう。
  同じことが、日本に旅行に来ている外国人にもあり得るのだろうと、涼は思っている。
「日本語で話したいのに、現地語でも母国語でもなく、よりによって英語とは」
と思う外国人がいても不思議はないということだ。
  涼の経験では、英語が通じない海外旅行客はほとんどいない。英語普及率の低いと言われるフランスでも、旅行者はみな英語で話せるし、イギリスに旅行に来たフランス人も英語は堪能である。
「喋れないのはスペイン人ぐらいだ」
  涼が会話をしたスペイン人は、みな英語が使えなかった。
  しかし、9割がた英語が通じるからといって英語で話しかけるのは、9割がた中国人だから「ニイハオ」と声をかけるのと同じである。これが正しいやり方なのか、涼はそこを悩むのだ。

  悩んだ末、涼は「ハローこんにちは」と声をかけるようにした。これで相手も「ハロー」と言えば、英語でパフォーマンスをするし、「こんにちは」と返ってくれば日本語での演目となる。
  しかし「ハロー」と言っておきながら日本語が流暢な外国人も多い。途中までカタコトの英語で演じた後に、相手の日本語が流暢だと知って恐縮したことも1度や2度ではない。10年も日本に住んでいるアメリカ人に、たかだか1ヶ月ヨーロッパを巡っただけの涼が英語で話しかけるのは滑稽なものだが、これもよくあることなのだ。

  日本語に精通した英語圏の人にだけウケの良い話というのもある。
 ある日本語が堪能な外国人の観客に名前を書いてもらうと、カタカナで「スコーット」と書いた。出身はエディンバラだと言う。涼も、つい2か月ほど前に行ったばかりの都市である。
 涼は、
「ははぁ、なるほど。スコットランドのスコットさんですね」
と言った。思いの外ウケた。言った涼が驚くほどだった。
 また別のアメリカ人は「ジョナサン」とカードに書いた。涼は、
「ありがとうございます、ジョナサンさん」
と言った。またウケた。
 日本人にはウケるというほどでもない会話だ。日本語を知らない外国人には笑いどころが分からない会話だ。しかし、日本語に精通している外国人にだけ、よく反応される。 
 こういう面白い会話がときにあることが、涼の重い腰を少しだけ軽くしてくれる。
 



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