時折、英語しかわからないのだが、という観客が来る。涼も、イギリスで演じていた身なので、英語で演じることができると言えばできる。しかし、それは台本を考えていたから、でもあった。
  英語に限らないのだが、マジックを演じるにあたって、それなりに台本を考える。日本語でも、である。むしろ、流暢な日本語の方が、いらぬ長話になることがあり、必要な発言を絞る必要がある。
  アンビシャスカードのほうは、台本ができているからいいのだが、トライアンフは英語で演じたことがないので、いきなり英語で演じることになると、非常に苦労する。脳内で日本語を英訳する作業と、つつがなく手順通り演じる作業を同時にやるには、涼にはまだ足りない部分が多かった。
  はじめから英語で演じることがわかっていれば、英語でやり慣れた手順で演じるところだが、やっている途中に日本語が通じないことが発覚すると、涼としても困惑するというわけだ。
  東洋人でも欧米人でも、外見的に日本人でないとわかっても、日本語が通じないのかどうかはわからない。英語が通じるのかどうかもわからない。だから、涼は、ひとまずは日本語で話すようにしている。話しているうちにわかってくることである。
  とはいえ、頷いたり首を振ったりはするが、無口である人も意外といて、しゃべりながら不安になることもある。通じているのかどうか、いまひとつはっきりしない。
  しかし、
「日本語は通じますか?」
などと聞くわけにもいかない。そんなことを聞いてしまえば、
「あなたは日本人には見えません」
と言っているようなものなのだ。欧米人ならばともかく、中国人や韓国人などは、薄々わかっていても、しかしそんな風に見える日本人が皆無でもないので、見た目だけで断定することはできないところだ。
  日本で韓国人を日本人だと間違うのはアリでも、日本で日本人を韓国人だと間違えるのはナシだと涼は思うのだ。もちろん、韓国に行けば、逆のことが言えるのだろうとも思う。
「そろそろ他のマジックも英語の手順を考えといたほうがいいかな」
  中途半端なグローバル意識を持つ涼だった。




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