無料とチップ制を分けていると、やりやすいと思っていたのだが、そればかりでもなかった。夕暮れ以降だと2人客ばかりだった昨日とは違い、明るいうちから演じていると、観客がよく集まった。目立つ場所に陣取った結果である。
「しまった」
と涼は思った。2人だからいいのだ。2人だからチップが弾むのだ。
  明るいうちに演じると、最初は2人でも、演じているうちに5人10人と増えて行った。すると、せっかく最前列で見ていた観客も他の観客に場所を譲るようにテーブルから離れていった。クロースアップの良さが失われた。
  結果的にチップを入れてはくれず、そのパターンで合計100人ほどに演じたが、ほとんどチップは入らなかった。一方で、観客が集まらず、2人だけに見せることが数回あったが、その場合は1000円札が入った。大人数の観客というのは、涼のマジックには不向きなのだ。
  1000円を入れてくれる観客は、言ってみれば高級レストランで食事をしようとしていた食事客--涼のマジックが高級だということではなく、プレミアムな接客待遇ができるということだ--のようなものだと涼は考える。一方で、チップを入れない観客は、回転の速い大衆食堂でササっと食事を終えてすぐに店を出るようなものだということになる。その2つのスタイルが別々であるうちは問題がなかったのだが、同時に来るとなると非常にやりにくい。高級レストランの食事客がいるところに、無言で相席をしてササっと食べて帰る食事客が代わる代わるやって来るとなると、先客に申し訳が立たない。先客のほうも、そんなプレミアムな気分にはなれないことだろう。
  加えて、無料とチップ制を分けたことで、涼も予想しなかった状況が生まれた。
「チップ制でよければ、もっと不思議なマジックをお見せできます。ここまではサービスさせていただきます」
と言うと、チップを出すつもりのない観客は立ち去るものだと思っていたが、10人ほどいる観客は、誰も立ち去らずに、周りをうかがってばかりいた。なんとなく立ち去りにくい雰囲気なのかと思い、
「ここまで見ていただいてありがとうございました」
と言って帽子を脱いで見せた。演目終了の合図である。スムーズに立ち去れる環境を作ったわけだ。しかし、どうしたわけか、それでもなかなか立ち去らなかった。そういうことが数回あり、涼は不思議に思っていたが、
「他の人がチップ入れたときに見に来ます」
と、ある観客が言ったので、涼にもやっと納得がいった。誰かがチップを出さないかと牽制し合っていたのだ。しかし、これは涼としても看過できないものがある。無料でマジックを見て行ってくれるのはいいのだが、その代償を誰かひとりが負うというのは、涼のスタンスとしてはあり得ないことである。だいいち、チップというのはそういうことではない。
  観客が増えて、むしろ涼の悩みは増えてしまう。



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