マジックが面白いと言われれば喜ぶし、面白くないと言われれば真摯に受け止めなければならない。とはいえ、それに一喜一憂する時期は過ぎ去ったと言ってよかった。回数が増えてくれば、平均値で物事を測れるようになる。very goodやvery badが1、2件あったとしても、涼がそれに動じることもなくなっていた。一方で、回数の少ない立ち退き要請には、まだまだ動じているところである。

 さて。それとは話が変わり。
 楽しんでいる観客に割って入って、ショーを壊す観客もいる。涼の後ろに回り込んでタネを知ろうとする観客も確かにやりにくいものだが――それでもタネが分からないように演じてはいるものの――そこで知られたからといって、どうと言うことはない。しかし、せっかく楽しんでいる観客がいるのに、別の観客によって壊されてしまうのは、涼としては絶対に避けたいところである。
 涼は、間違いなく1枚だけしか存在しないことを納得してもらうために、カードにサインをしてもらっている。しかし、事実1枚なのかどうなのかは、実のところあまり問題ではない。要は観客が納得するかどうか、がすべてなのだ。事実カードに仕掛けがないことが重要なのではなく、観客がそう納得すれば、それがすべてなのだ。事実1枚であったとしても、観客が疑えばサインする意味もなくなり、事実2枚あったとしても、観客が1枚だと信じれば、それで演目上の問題はない。それはカードシャッフルも同じで、マジシャンがシャッフルするのは、マジシャンの都合ではなく、観客が納得するための儀式のようなものである。シャッフルしなくても納得してもらえるのならば、マジシャンの都合でシャッフルをしたいという状況は少ないものである。場合によっては観客にシャッフルしてもらうこともあるが、これもまた、より強固に観客に納得してもらうための作業であり、はじめから強固に納得しているのならば、あまり必要ないといえばないことである。
 涼はそんな状態で演じているわけなのだが、しかし、涼が用意したカードである以上、どんな仕掛けがあるものなのかは、観客にはわからない。2人組の観客が楽しんでいる最中に、ある老人が割って入って、そのことを指摘した。老人は涼を指さし、
「この人が用意したトランプはどうせ仕掛けがあるんだから、イカサマ無しで見るなら、あんたたちが自分でトランプを買ってこないといかん」
と観客に言った。
「いや、別にそんなことを気にしてはないですが」
と2人組の観客は言ったが、老人が、
「どうせ仕掛けがあるんだぞ。自分で買わんといかん」
と何度も言うので、
「はぁ」
と困り果ててしまった。そこで、涼が、
「もちろん、買ってきていただければ、そのトランプで演じますよ」
と老人に言った。トランプを買ってくれるのであれば、涼としては嬉しい限りである。しかし、それで自分がトランプを買ってくる観客などいるはずもない。案の定、その老人は自分でトランプを買いに行くことはなかったが、
「ほら。あんたたち、買ってきなさい」
と、観客に買いに行かせようとした。
 そんな流れがあり、はじめの2人組は居心地が悪くなって、ショーを最後まで見ることなく立ち去ってしまった。
 こういうことがあると、涼は心苦しく思う。
 路上でやっているのだから、不測の事態も止む無し、とはいえ、先客に申し訳が立たないところである。これがレストランであったら、支払いを免除した上に、慰謝料を払わないといけないほどの事態である。
 
 あるいは、逆にこういうこともある。
「見終わった後でいいので、おもしろかったらチップを入れていただけるとありがたいです」
ということに了承して、
「わかりました。見たいです」
という流れで演目を始めた。演じているうちに別の観客が後ろから見るようになると、ショーの終わり際に、後ろの観客に場所を譲るように後退し、終わると同時に立ち去っていく。その様子が、
「じゃ、あとはチップ払っといてね」
と言わんばかりの態度であったので、後から来てちょっとだけ見た観客が、まるで知らない人に奢らされたかのように渋い表情でチップを投げ入れた。
 一応、面白くなければチップは頂かない、と涼も言っているので、見終わった後にチップを入れないとしても、それは仕方のないことなのだが、他の観客に押し付けるような立ち去り方をされてしまうと、場の雰囲気が悪くなってしまう。面白かった、と言って拍手をしていた観客も、最終的に渋い顔になってしまうのだ。
 チップを入れる入れないは自由ではあるとはいえ、他の観客に押し付けるような態度をされてしまうと、やはり涼としても心苦しい。

 ストリートなのだから、そんなに都合の良いことはありえないのだが、1組ずつ演じることができるようにはできないだろうかと涼は思う。回数を演じることは苦にならないが、見てもらった観客には気分よく帰ってもらいたいところである。
「どうぞお好きなカードを引いてください」
と言ってカードを引いた観客と、そうでない観客は、当然ではあるが臨場感が違う。自分が引いていない観客は、どうしても、
「その隣のカードだったらどうなるんだ」
という疑念を持ってしまうようで、であるから、自分が引いたカードを当てられたときに、
「テレビの中だけじゃなかったんだ!」
という感想が出ることになるわけである。遠目に見ているだけでは、結局テレビを見ているのと変わらないので、それに対してチップを出せるかというと、涼としても疑問なのだ。テレビは無料で見れるし、今となってはyoutubeでいくらでも無料で、しかも何度でも再生できる。カードを引いてはじめて、チップの価値があると涼は思うのだ。




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