明治神宮前はパフォーマーの仕事場だ。今日は、涼の他に2人のパフォーマーがいた。
  ひとりは、糸細工職人。と言っても、職人作業を見せるというよりは、糸細工を売る商売だ。ここ数日で、何度か見た職人である。立て看板を見ると、8年ほどもやっているという熟練者のようだ。涼も糸細工をひとつ買ってみた。なかなかに良い置物だ。
「これは本職でやってあるんですか?」
  涼は聞いてみた。
「あ、いえ。これは仕事の合間に」
と、その職人は言ったが、平日の昼にいつもいるところを見ると、趣味ではなく、かなり本腰を入れて生計の一部にしているようだった。
  世間話や情報交換をする。と言っても涼はあまり情報を持っていないので聞くばかりだ。その職人は浅草でもやっているらしく、涼もやはり浅草を攻略すべきだと思った。
  もうひとりのパフォーマーは、若い女性ミュージシャンだった。涼は、
「寒くなると大変ですよね」
と言ってギターケースに500円のチップを入れた。
  涼もBGMとして音楽を流しているので、ミュージシャンとは音が干渉してしまう可能性がある。涼の方は音楽がメインではないので干渉しても構わないのだが、ミュージシャンからすれば死活問題であるはずだ。
「こっちの音はそこまで届いてしまいますか?」
と涼は聞いてみた。女性ミュージシャンは、
「いえいえ、気にしないでください」
と言ったが、そうは言っても涼側に伸びるべきだったミュージシャンの射程圏が短くなるといけないので、涼は少しだけ場所を移動した。涼のパフォーマンスは良くも悪くも射程が短い。あまり遠くまで音が聞こえる必要もない。
  糸細工職人と違って、ミュージシャンのほうは本職であるらしかった。
「職業とは言えないんですけど、でも他に仕事をしているわけではないので、この稼ぎが全てです」
とミュージシャンは言った。
「それは本業と言っていいと思いますよ」
と涼は言った。どんなに売れなかろうと、それだけをやっているのならば、本業なのだと涼は思う。ひとりも客が来なくて赤字続きでも、レストラン経営者はレストラン経営者だ。客が入らないからといって無職ということにはならないだろう。『本職』イコール『プロ』と言っても良いのだとも思うが、『プロ』の定義はあやふやなので、『本業』『本職』という言葉を涼は使うようにしている。名乗る時も『職業マジシャン』と名乗るようにしている。
  やればやるほど同業者を知ることになる。
  涼も勇気が持てる。





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