同業者もわりといるもので、特に路上ミュージシャンは多い。それも、本気でメジャーデビューをしたいと考えているパフォーマーも多いようで、
「メジャーデビューを目指しています」
といった立て看板をしていたりもする。
 そういったミュージシャンを見ると、嬉しくも思うのだが、実のところ『メジャーデビュー』とはどのような形なのかが、涼はあまり理解できてはいない。
「テレビに出たらメジャーデビューなのかな?」
といった程度の理解である。
 しかし、今となってはメジャーデビューをしたからといって、それだけでやっていけるとも限らないので、デビューの形はこだわらず、実質的に人々に声を届けられるようなミュージシャンになりたい、と言う人もいた。
 路上で歌っているだけでも、そこそこの数の人々に声を届けられるので、ただそれだけでも、決して悪くはないと涼は思う。

 さて、路上で歌っていることが、メジャーデビューにどう繋がるのか、というと、テレビ局がやってきて放送してくれる、ということなのだと涼は思う。そのためには、大きな話題になる必要があり、そのためには多くの聴き手を集める必要があり、そのためには毎日同じ場所で歌う必要がある。転々と場所を移動してしまうと、テレビ局がやってきても、撮るに撮れないことになる。所在を明らかにしないことには、リピーターにも取材にも、歌を届けることができない。
 一方で、チップをもらうべきか、という疑問に関しては、『もらうべきではない』のだろうと涼は思っている。チップをもらうことで集客が減る可能性があるからだ。チップは自発的に入れるものではあるのだが、そうは言っても、チップを気にしてパフォーマンスを見ない人も多いし、途中で逃げるように去っていく人も少なくはない。テレビ局が来るほどの大きな話題になりたいのであれば、完全無料で来る人拒まずであるほうが、 デビューへの近道なのだろうと涼は思っている。

 路上ミュージシャンの多くは、自分で曲を収録したCDを販売していたりもするが、これをどう考えるべきか、は難しいところである。売るべきかタダで配るべきか、ということだ。
 チップの話と同じだと考えると、タダで配るほうがよいのかもしれない。しかし、『タダだからもらう』という評価では、デビューしたところで売れないのでは、という疑問も残る。『お金を払っても買いたい』と聴き手に思わせるほどの曲なのか、を明確に評価基準におくためには、やはり無料で配るわけにはいかない、とも思える。


 涼のパフォーマンスの指針は、デビューを目指すミュージシャンとはいささか異なる。涼は、ことさら目立ってテレビに出たいと考えているわけではないのだ。
 目立ったら目立ったでもよいのだが、細々と生活費を稼ぐ程度でも、一向に構わないとも思っている。であるので、目立たないけどチップがたくさん入る、という状況は、それほど悪くはない。
 『そんな場所でマジックが見れるとは思わなかった』というような、従来ではあまり見ることのできなかった場所で演じたい、というのが涼の希望である。観客が、思いがけずマジックを見ることになった、という状況を増やしたいと思っている。こうすることで、マジックの見れる場所が増えていき、マジックを見ることに喜びを持つ人も増えてくるのだろうと考えるからだ。そうすれば――涼の利益とは無関係ではあるが――きっとマジックバーなども潤うことにもなるだろうと思っている。マジックというジャンルを押し上げたい、ということである。テレビにはテレビのマジシャンがいるし、マジックバーにはマジックバーのマジシャンがいるので、涼の役割はそこではないのだろうと思っている。そこではない場所でマジックを演じる役割を果たすべく涼は行動指針を考える。
 であるから、路上でばかりマジックを行っている現状は、涼にとって決して悪いものではない。加えて、レストランや居酒屋で演じて、あまりマジックに興味を持っていなかった人に楽しんでもらいたい、とも思っている。依頼を受けることがあれば、それは尚喜ばしく、チャンスがあれば会場を貸し切って自分のライブをやりたいとも思う。しかし、そのためには知名度が必要で、知名度を得るにはテレビに出なければならない、と言われてしまうと、それはそうだ、と納得せざるを得ない部分もある。だから、積極的にそれ狙い、というわけではないにせよ、出演するチャンスが来れば、それもまた喜ぶべきことなのだろうとも思う。
 涼には、マジック以外にも、2本目の柱である小説家という夢もあるので、小説が売れるための知名度も必要になってくる。
「だから、なんだか一貫性のない言動をしてしまうこともあるんだよね、これが」




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