演じ損を感じるときもある。
「見た後で面白かったら」
という条件付きで、いつも涼は演じているが、しかし、
「これは普通チップ入れるだろう」
と思うようなときでも、入らないことは多々ある。
  演目を終了しようとテーブルを畳んでいるところで、
「もう終わりですか?見せてくださいよ」
と言うので、
「もちろん」
と涼はまたテーブルを組み立ててマジックを演じた。観客は十分楽しんでいるように見受けられたので、
「よかったらチップを」
という話を切り出した。すると、観客は嫌な顔をして文句を言いながら去って行った。
「え!今の流れで嫌な顔されるってどういうこと!?」
  こういうときには、演じ損を感じてしまう。

  またある時は、
「撮っていいですか?」
と聞くこともなく動画でマジックを撮りつつ、別のスマホでテレビ電話で友人に見せながら、しかし演目の後でチップの話をするとパタリと黙ってプイッと無言で去って行く観客もいた。
  演じ損だ。

  また別の観客は、
「どれ。見てやるからやってみなさい」
という風にやってきて、
「こういうのをやってみろ」「こうしたらどうなるんだ」「同じのをもう一度やってみろ」「こっちのカードを選んでいたらどうなるんだ」
と、しつこく注文を繰り返した後、チップを入れずに去って行った。
  実入りもなく疲れるばかりだ。

  チップが入らなければ演じ損、というわけではない。
「とてもおもしろかったんだけど、今は小銭を持ってないんだ。ごめん」
と言われたり、
「すまない。私はホームレスなものだから。でもおもしろかったよ。ありがとう」
と言われたりすることもあり、こういう場合は演じてよかったと思える。子供だけでやってくれば、チップの話もしないが、ただ無邪気に喜ぶ姿を見ると、マジックの可能性を強く感じることもできる。
  チップを入れて欲しい気持ちはあるがーーそれで生活しているわけなのでーーそうでなくても、見て喜んでくれれば、演じてよかったと思えるのだ。

  喜んでくれれば、チップとは無関係に嬉しいし、嫌な顔をされれば、あまり良い気分にはなれない。

  楽しんでいる観客にチップの話をすると不機嫌になって立ち去るパターンは多い。得しかしてないはずの観客が怒ってしまい、損しかしていない涼が謝らねばならぬのが、内心ツラい仕事でもある。