演目が終わった後に、
「タネは教えてもらえないんですか?」
とよく聞かれるが、観客も半ばわかっているようで、
「タネは教えられないんですけどね」
と涼が言うと、
「ですよね」
と、ほとんどの場合で引いてくれる。
 ごく稀に、
「タネを聞くまで帰らない」
と粘る観客もいて、
「チップを増やすから!誰にも言わないから!」
と言われることもある。
 そんなときは、
「マジックのトリックの売買って、とても高いんですよ。100万円や200万円の世界なんです」
と、言って切り抜けたりもする。涼がそういう高額なタネを買って使っているわけではないが、確かにそれほどの金額で、あるいはもっと高額で取引されるタネもあると言われている。
 しかし、そこまで粘る観客は稀である。
 一方で、
「そのタネは教えてもらえないとは思いますが、何か簡単なマジックを教えてください」
と言われることもよくある。
 それに対して、涼もはじめは、簡単なカード当てをレクチャーしていたものだったが、それはマジックとして簡単であるだけで、 レクチャーがすぐに終わるということではない。5分の演目で500円や1000円のチップをもらっているのに、レクチャーは15分や20分はかかってしまうのだ。レクチャー費用をもらっているわけではないので、マジシャンにとってあまり良いことはない。その間に、他の観客に演じたならば、それだけチップが入るし、よりたくさんの人に見てもらいたいという涼の理念にも合致する。
 そういう理由から、最近では、
「どんなマジックも、それなりに練習は要りますから」「僕はチップをいただく身なので、誰でもできる簡単なものはあまり演じておりませんので」
と断るようにしている。
 すぐできるマジックというのは、おもちゃ屋の手品グッズコーナーに行けば、いくらでも売ってある。あまり涼がレクチャーするものでもないだろう。だいいち、涼がそれほど手品グッズに精通しているとも言えない。

 簡単に演じられるマジックが、短い時間で覚えられるとは限らない。マジックを演じるについて一番難しいのは、テクニックではないのだと涼は思う。テクニックを使っているときに怪しい挙動になってしまう、という初心者心理を改善するのに長い時間がかかってしまう。そいういう意味で、演者が初心者で、何かのトリックの最中に怪しい挙動をしてしまうということを前提に、何のトリックも使わずに秘密の作業もなく演じることができて、しかも最後に証拠も残らないし見破られることもまずあり得ない(見破るべきトリックがひとつもない。ただただ錯覚を植え付けるが、錯覚を植えられていることを自覚することもあり得ないだろう)、というカード当てマジックを涼はレクチャーしていたのだが――マジシャンであれば、誰でも知っているような初歩的なタネだ――、ただ手順だけはしっかりと覚えなければならない。短時間で覚えられるかと言われると、それも何とも言えないのだ。

 もちろん、仕事の依頼としてレクチャーを頼まれるのであれば喜んで承るのだが、誰でもできるマジックの講習で1万円や2万円を支払う依頼人がいるのかどうか、甚だ疑問だ。涼よりもずっと経歴の長いプロマジシャンのレクチャーでも、もっとずっと安い金額で受けることができるのだから。




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