今日の太宰府には、インド人観光客が多かった。インド人が太宰府に来ることも珍しいらしかったし、涼がインド人に演じるのも初めてだった。
  しかし、実際やってみると、非常に演じにくいものだった。
  カードを1枚引いてもらい、覚えた後、また戻してもらおうとすると、必ずマジシャンの手からカードの束を奪い、自分の戻したカードを追跡できないようにしようとする。つまり、マジシャンに仕事をさせまいとする。
「海外行くと、たまにそういうことされるけど」
  インド人は皆そうするようだった。
  一方で、チップを入れることはほとんどなく、涼が10回ほど演じて、チップをもらったのは1度だけだった。結果的に100円を入れてくれたが、その1度の観客も最初は5円玉を握っていたぐらいだ。
  はじめは涼も普通に5分ほどの演目を演じ、終わる間際にチップの話をしていたが、だんだんとチップをもらえる気がししなくなったので、
「見せてくれ」
とやって来た時点でチップの話をするようにした。
  すると、多くがそのまま立ち去った。それを了解して見ていった観客もいたが、しかし見終わった後に本当にチップを入れるのかというと、そうでもない。見るだけ見て立ち去るというパターンもあった。
  加えて、インド人観光客は、よく涼のテーブルにぶつかって来た。
「ワザとやってるんじゃないだろうね?」
と涼が思うほど次々と通り過ぎ際にテーブルにぶつかり、しかも、ぶつかったことに気付いていないのか、振り向くこともなく通り過ぎていく。1度はスマホとスピーカーが落下し、その後スピーカーが正常に作動しなくなった。
「このタイミングで……」
  数日後にアメリカに行こうとしているときに壊れてしまうと、また仕入れるのに苦労する。
「ただでさえ壊れやすいのに」
  スピーカーが壊れるのは2度目だ。1度目は何もせずに壊れたので、新品と交換してもらったという経緯もある。それがテーブルから落下したのだから、故障するのも当然だと思えた。
「ニワトリの卵か!」
  あまりのデリケートさに、涼は内心ツッコミを入れる。

  ところで、今日また1冊、製本版の小説が売れた。
「また熊本に寄付できる」
と思うと、先の不幸も幾分和らぐものだった。




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