「壊されるといけないので、鍵を掛けないでください」
  涼が空港でバッグに施錠しようとしたのを見て、チェックインカウンターの係員は言った。
「そういえばそうでしたね」
  ヨーロッパやオーストラリアではそういうことはなかったが、アメリカの入国チェックではX線チェックのみならず、バッグを開けて確認することになっているようである。海外旅行用のキャリーバッグは、その点も考慮して、鍵が二重についていたりもする。普通、二重というと、2つのセキュリティを突破しなければならないように聞こえるが、ここで言う「二重」とは、2つ開口があるという意味であり、セキュリティが低くなってしまうことを意味する。
  しかも涼は、いつもボストンバッグを使っているので、切り裂かれたくなければ、鍵を掛けてはいけないことになる。
  しかし、そういうチェック手段があるためか、日本での出国チェックは、オーストラリアのときと比べると、むしろ甘いように思える。それはそれでどうなのか、と涼は思う。こういうとき、推理作家の気質のせいか、
「このチェックを突破するトリックは」
と考えもするのだ。おそらく、少なからぬ作家や映画監督なども同じことを考えているに違いない、と涼が思うのは、つい今しがた機内で見たミッションインポッシブルのせいだろう。
  いま涼は、日本からボストンに行く途中。香港で乗り継ぎ便を待っているところである。

「鍵を掛けないでください」
  数時間前、日本でカウンターの係員に言われたこの言葉にうっすらと聞き覚えがある気がして、涼は遠い記憶を探索する。
「ああ。波照間島のときか」
  日本最南端である沖縄県の波照間島へ行ったときのこと。レンタサイクルを借りたときに、同じようなことを言われたのを思い出した。
「この島で自転車が盗まれたなんて1件もありませんが、鍵を失くす人はわりといるんです」
  そういう理由で、施錠を禁止されたものだった。

  そう回想にふけるほど、乗り継ぎ時間というのは退屈なものだ。