涼はずっと、演目終了間際か、終了後に缶の小箱を出してチップを貰っていたのだが、


たまに、
「チップ箱はもっと大きいやつを最初からずっと出しておくといいよ」
と言われるので、実践してみた。お札を入れたバッグをテーブルの横に置いておいた。


  これを始めたのはニューヨークのときで、これのおかげで100ドルに届いた、とも言える。
  最後まで見てもらって、はじめてチップをもらうに値する、というような考えから、涼はこれまで、最初からチップ箱を出していることに消極的だった。観客がいないときには、ずっとシャッフルだとかカードチェンジをしているので、それ自体を演目だと思われてもいけない、という考えのもとで、である。
  しかし、やってみるもので、バッグを広げておくと、演目の途中で入れてくれる観客もたまにいるし、特にニューヨークでは、途中までしか見られないときにでも、立ち去り際に入れてくれることもあった。ニューヨークでは、その効果があったような手応えだった。
  一方で、ボストンに戻ってから同じスタイルでやってみると、またニューヨークのときとは手応えが違った。ニューヨークに行く前のボストンでは、つまり演目終了後にチップ缶を出していたときは、よくチップが入り、よくお札が入っていたが、バッグを広げるスタイルにすると、逆にチップを入れない観客が増え、さらに小銭の入りが増えた。
「あれ?」
  涼は首をかしげる。
「なんだか、日本人のような奥ゆかしさを感じるのは僕だけか?」
  はじめからチップ色を出すのは好まれないのかもしれない、とも思ったが、そんなチップ入り具合の違いがあっても、不思議とチップ額は同程度になるので、
「まあ、これはこれでいいか」
と思っているところだ。