今日の仕事は、佐賀。学会の後の懇親会で、立食パーティーにおけるサロンマジックだった。参加者は、大学の教授やら研究者やら学生やら。
  依頼があったのは、学生時代の涼の恩師からだった。
「学会の幹事が回ってきてな。で、その懇親会で仕事をお願いしたいんだが」
  涼はふたつ返事で……というほど簡単ではなかったが、予定を合わせて依頼を受けた。
  従来は3万円で依頼を受けていたが、居酒屋に入って以来、涼は依頼料を5万円に上げようとしていた。3万円で受けるなら、居酒屋に入った方が収益になる、というのが、他のマジシャンたちの共通の認識だった。
  10月から、本格的に居酒屋マジシャンとして仕事をするのだが、まだ9月中でもあり、恩師からの依頼だったこともあり、3万円で受けようと、涼は引き受けた。が、結局、受け取った封筒を見ると、5万円が入っていた。
「悪いな。5万円しか出せなくて」
  恩師がそう言うだけでも、ありがたかった。そして、演目を見たある教授が、涼の名刺を手に取りながら、
「5万円で受けてくれるなら、今度依頼してもいいのかな?」
と言ってくれたことも。5万円の仕事として妥当だ、という判断をもらったというのは、また自信にも繋がるところだった。

  80人程度のパーティーで、20人に対して15分ほど演じ、それを4回サイクルした。
  やってみてわかったのは、ステージではなくクロースアップであっても、これだけの人数に満足してもらえる、ということだった。今後の依頼でも、クロースアップを提案しやすくなる、というものである。
  4サイクル同じものを演じることになるとは思わなかったので、4回分、別のマジックを準備していたのだが、結局は同じことの繰り返しになった。
「まあ、そっちの方が楽でいいんだけど」
  たくさん準備をして行っても、こういうことはよくあるもので、であるから涼は、レパートリーを増やすよりも1つのルーティーンを極めるほうが、より重要で、より先決だと思っている。4つ準備をして行っても、4番手が出てくるのは稀である。リリーフピッチャーを揃えるよりも、まずは先発を固定せよ、というのが、野球においてでも基本であるはずだ。

  ありがたいことに涼のマジックの評判は良く、また、立食におけるサロンマジックも評判がよかった。
「これだったら、場所も取らないし、見たい人だけ見れるしね」
  そう言われて、実践として確かにサロンマジックの魅力を伝えることができたと、涼は嬉しくも思った。
  ひとつの実例は、ひとつの自信を生む。涼は、またサロンで依頼を受けられることを望む。