数日前になるが、仕事帰りの涼が最寄りの亀有駅まで戻ってくると、駅前でミュージシャンらしき女性パフォーマーが歌おうとしているところに通りかかった。0時を過ぎた頃だったが、住宅街である亀有は、その時間になっても帰宅客が多く、ミュージシャンが歌う甲斐があるほどには通行量がある。
  その日、そこそこのチップを得た涼だったので、少し歌を聴いて行こうかと足を止めた。どちらかというと、歌を聴きたいというよりは、チップを入れたい気持ちの方が強かった。そういうパフォーマーを応援したいし、パフォーマンスで得たチップはパフォーマーに還元したいものなのだ。
「下手だったら1000円、上手かったら2000円入れよう。それかCDを買おう」
  涼は、そう思って自分のチップ箱を探る。
「まだ歌わないのかな」
  しかし、そのミュージシャンは、なかなか歌おうとせず、その間に別の観客が話しかけ、2人で話し込んでしまう。
「うーん。寒いから、もう待てない」
  わずか30秒や1分ほどの待ち時間であっても、涼は待つのが好きではない。
「暇というわけじゃないからね」
  自分のストリートパフォーマンススタイルが、観客が来た瞬間始めるものであるので、人が集まるまで始まらないパフォーマンスは、涼はなかなか見ることができない。
  ファーストフードならぬ、ファーストパフォーマンスが涼のモットーである。要は、涼がせっかちであるという話だ。

  結局、そのミュージシャンの歌声を聴くには至らなかった。
  その自分の経験から思うことがある。
「チップを出す観客の心変わりは早い」
  ここでも、タイミングの重要性を強く感じる涼だった。




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