金曜夜。凍えるほどの寒さの中、涼はパフォーマンスを行う。
  ギミックカードの消耗を嫌い、コインマジックにしようと決めてはいたが、いざやってみると、指先がかじかんでコインが手につかない。
「全然ダメだー!!」
  カードと比べ、涼のコインの熟練は高くはない。温室でならよいが、過酷な環境下でも同じように演じられるほどのスキルがあるかと言われると、まだまだ未熟である。
  コインも少しは演じることもあったが、指先が鈍くなる状況でやったことはなかったのだと、このとき涼は気がついた。
  いくつか試してはみたが、最終的にはコインとカードを1つずつ見せるというようにした。コインでミスしたとしても、カードで挽回できるという手筈だ。カードならば、指が1、2本動かなくても、演じることができるような気がしている。実際そういう状況でも、何度も演じて来た。逆にコインは、あと1、2本指が欲しいと思うときがある。

  この日、観客は少なく、そう演じる機会も多くはなかったが、唯一収穫だったのは、著書が売れたことだった。
  たまたま青森から旅行に出て来たというマジシャンだったが、1000円のチップを入れてくれた後、2000円で小説を買って行ってくれた。
  マジシャンからの評価というのは、やはり嬉しいものである。

 

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