マジックをやっていると、時折、注文の多い観客がいる。マジシャンとして、この観客の注文をすべて叶えることが良いことなのだろうか、と涼はよく悩まされるのだが、内心、その答えは「否」だと思っている。

 マジシャンは、いくつかのテクニックを組み合わせて、ひとつのショーとしてパフォーマンスを行っている。たとえて言うのなら、いくつかの料理を組み合わせて、ひとつのコースとして提供しているレストランのシェフと共通するような部分があるわけだ。

 マジシャンは、最も面白く、最も驚きが大きくなるような手順を組んでマジックを演じているのだが、稀にそれを無視するかのように、事細かく指示を出す観客がいる。
「トランプを空中に浮かせて、2つに分けたデックの右のデックに入れて、左のデックから取り出した後、一瞬で消してポケットから出してください」
というような、事細かいわりに現象が分かりにくい指示を出してくる観客がいたりもするのだが、それはレストランのシェフにたとえるならば、
「玉ねぎは厚さ8㎜の輪切りにして、塩は小さじ1杯と4分の1、胡椒は小さじの半分、火加減は中火で少し長めに火を通してから、そこにピーマンと豚肉を加えて、その後……」
というような指示を与えるようなものであるように、涼には思える。
 仮に指示通りにシェフが作ったとして、より良いコース料理が出来上がるとはないだろう。シェフも、その指示に応えるようなことをすべきではないだろうと涼は思う。
 同じように、マジシャンの立場としても、ショーの進行の妨げになるような注文は、叶えるべきではないだろう。

 そう思ってはいるものの、観客との会話の中で、良い方向にも悪い方向にも転び得てしまうのがクロースアップマジックである。
 時に、自分でも望まない形の演目になることもあり、この仕事の難しさを感じている涼である。



  廣木涼を応援するボタン