本日は晴天なり。
しかし晴天であれば、パフォーマンスがやりやすいと直結するわけでもなかった。日本の天候らしからぬ晴れ具合に、涼の持つトランプが反り返る。
「ヨーロッパでやったときを思い出すなぁ」
カードの反り具合の違いで、デックの中に段差ができることをナチュラルブレイクとマジシャンは呼ぶのだが、何もせずともナチュラルブレイクが3箇所も4箇所もできる上に、そのブレイク位置もコロコロと変わる。
「やりにくいなぁ」
この日演じようとしていたマジックの1組のデックの中で、タネのある1枚のカードだけが、やたらと強く反っていた。
「これは、今日は使えないな」
天候の具合で、予定していた演目ができなくなることはままある。
「で、結局アンビシャスカードやっちゃうんだよね」
ギミックを消耗した、仕込みの時間が取れない、カードが52枚揃ってない、同じカードが何枚か入っているかもしれないデック、カード滑りが悪くなった、という様々な事情に対して、アンビシャスカードは解決案を持っている。それどころか、涼の場合は、寒くて手が動かない、やる気が出ない、眠い、といった状況でさえ失敗なく演じられる信頼のおけるマジックなのだ。チップが少ない流れを変えたい、などの状況でも、やりやすい。
いわゆる『鉄板』というやつである。
であるから、どういう状況からでもアンビシャスカードに流れるのだが、しかし一方で、アンビシャスカードから他のマジックには流れられない。なぜなら、アンビシャスカード自体がカード消耗系のマジックであり、1度演じてしまうと、それ以降は不揃いなデックで演じねばならなくなるからだ。
そういうわけで、1回演じれば、1デックを使い切って、新しいデックを下ろすまでは、いろいろと制限された状態になる。
例えば8枚だけを使うカードマジックであったとしても、
「じゃあエースとキングを使ったマジックをお見せしますね。……えーっと、エースが揃ってないので、代わりにクイーンで……クイーンもなかった、ジャックにしましょう……ジャックも切らしていて10のカードにしますね。ああ、キングも揃ってなかった、じゃあ8にします」
というような締まらない流れになることも往往にしてあり、原理上可能であっても、数枚減っただけで現実的には演じにくいことになるのだ。
「日が暮れれば大丈夫だろう」
太宰府から天神へと移動し、涼はまた新しいデックを下ろす。
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