涼が龍角散を知ったのは、意外にもアメリカでのことだった。喉の諸症状に効く龍角散は、のど飴などにも使われているが、原典は、粉末を直接喉に塗布する薬である。説明書には、舌に粉末を乗せて、舌で喉まで運ぶようにも書かれている。日本生まれか中国生まれか、涼はそこまでは知らないが、いかにも東洋生まれであろう薬である。この龍角散を、涼は昨年、アメリカ遠征中に体調を崩したときに知った。ボストンに住む友人の妻が、涼に勧めてくれたのである。
 そのとき龍角散はよく効能を発揮し、涼は帰国後も龍角散を愛用するようになった。
 今度の風邪でも、涼は龍角散を頼った。しかし、今回は、そうすぐには効果を発揮してはくれなかった。乱発すればよいということもないであろうから、塗布するのは1日に数回といったところなのだが、一向に効果がない。いや、その時は咳が収まるような気にもなるのだが、翌朝になってみるとまた同じように咳が出るのだ。一般的な風邪の傾向である。
「一般的ということは、薬が効いていないということなわけで」
 いま涼は、ショウガを擦り入れた紅茶を飲んでいる。龍角散よりもずっと前から、涼が頼ってきたのはショウガだった。
 思いの外長引く症状に、悩ませられる涼だった。



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