仕事が忙しくなると、衣装も多く必要になってくる。涼は、新しくワイシャツを買うために、紳士服店へと赴いた。
「どのようなシャツをお探しですか?」
 気さくに店員が寄って来る。
 飲食店でマジックをするとき、涼はいつも、ワイシャツにベストにジャケットを着て、蝶ネクタイをして、ハットをかぶっている。
「蝶ネクタイをするのですが、どのような襟のシャツがよいでしょうか?」
 ボタンダウンの襟のシャツをよく涼は着ているが、一応、店員にそう訊いてみた。すると、
「それでしたら、蝶ネクタイ専用のシャツがありますよ」
と店員は言う。
「じゃあ、それを2枚」
と涼は言い、ボタンダウンのシャツと合わせて3枚を買ったのだが、店員は、
「いやぁ、しかし私はここで40年ほど勤めていますが、蝶ネクタイ用を2枚買ったお客様は初めてです」
とやや感動気味だった。
 今となっては、涼は日々蝶ネクタイをする身になったが、特殊な職種か、特殊な状況でしか、蝶ネクタイをすることはないだろう。特殊な状況、というのは、たとえば新婦の父親としてバージンロードを歩くとき、などがあるだろうが、しかしその状況にシャツ2枚は必要ない。2枚買うのは、マジシャンしかいないのかもしれないと、思いもする涼である。
 さて、その涼の蝶ネクタイであるが、不幸なことに、昨日の仕事中にちぎれてしまい、使えなくなった。すぐに新しい蝶ネクタイをアマゾンに注文したのだが、なんと今日届くというのだから驚きである。



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