涼のマジックを見た観客の中には、自分もマジックができるとして、
「ちょっとやってみていいですか」
と涼に見せる観客もいる。
  それをどのような心情で見るべきなのか、涼はいつも悩ましく思う。相手はプロではないのだから、あまり厳しい目で見るわけにもいかない。
「そのマジックはこうやったほうがいいですよ」
と賢しげにアドバイスをするべきかどうかも悩ましいものである。誰もがアドバイスを求めているわけではないので、
「お上手ですね」
と言うにとどめておくのが、最も良い対応なのかもしれないとも思う。
  こちらからタネを暴くようなことをすることはないが、演じた観客側から、
「今やったマジックのタネはわかりますか?」
と聞かれることもよくあるので、そういうときにだけ答えるようにしている。すると、
「さすがプロは見る方でも違う」
と満足してチップ額が上がったりもするので、見破り側のパフォーマンスが好きな人も、いるということなのだろう。

  昨日演じた中に、アンビシャスカードを演じることのできる観客がいた。涼が演じていると、
「僕もできますよ」
と続きを演じるのである。
  これはマジシャンとしては苦しい事情であるのだが、涼も最近では、アンビシャスカードを知る者にアンビシャスカードを演じて、お札のチップをもらえるようになってきている。むしろ、タネを知る者こそ、
「そこでそうやるんですか!」
と唸ることも多く、相手がプロマジシャンであっても、涼は数千円のチップを入れてもらっている。
  昨日の観客も、1000円を入れてくれたものである。
  
  マジックはタネだけで成り立っているわけではないので、タネだけ覚えればよいということでもないし、タネを知られたらもう終わりだということでもない。
  たとえばマギー司郎氏の『縦縞のハンカチが横縞に』やナポレオンズの『頭ぐるぐる』のように、タネに関わらず愛される演目もある。
  そういう代表作をひとつ持ちたいものだと、涼は精進する次第である。