昨日のことだが、涼が恵比寿横丁で演じていると、カタコトの日本語のフランス人のカップルが涼を呼びにきて、ぜひ見せて欲しいと言う。
  フランス人はそこまで日本語を聞き取れなかったし、涼はフランス語で会話をすることはできなかったので、折衷案として、英語での演目を行なうこととなった。
  2年前には、涼もフランスで演じていたし、むしろ涼がマジシャンとしてデビューしたのはフランスであったと言えるほどであるので、そう考えれば感慨深い状況でもあった。
「チップ制でやっています。面白かったら、お気持ちを入れてくださいね」
と涼が言うと、フランス人は、
「いくら入れればいいんだい?」
と訊くので、
「決めていただいて結構ですよ。見た後で、決めてください」
と涼は返した。
「みんな、どのくらい入れてるんだい?」
とフランス人が聞くのは、日本人的な相場を知りたかったからかもしれない。普段であれば、
「下は1円から、上は1億円まで受け付けておりますよ」
というようなことをコミカルに言ったりもするのだが、こんなジャパニーズジョーク染みたことを英語でフランス人に言ってウケるとも思えなかったので、
「少ない人は1円、多い人は1万円を入れてくれます」
と正直に言っておいた。これが効いたのか、結果的に1万円が入り、1000円入ればいい方だろうと思っていた涼を驚かせたものである。
  フランス人にいたく喜ばれたのには理由があり、それはやはり涼がフランスで演じた経験が効いている。
「このカード、フランスだとキュアーのダーメと呼びますが、英語ではハートのクイーンと言うんです」
などというフランス豆知識が、ここにきて役立ったと言えるだろう。別れ際に、
「メルシー」
と言うと、とても嬉しそうにしていた。

  このように、現場では、ちょっとした要素でチップの額が変わってくる。それは練習を繰り返してどうにかなるようなことではないし、計画的に覚えるようなことでもないことだろう。
  手持ちの引き出しを大切にし、そのマジシャン独自の強みを持てれば、とても良いことだろうと涼は思う。


  そんな今日の涼は、昨日のような幸運をまた期待しつつ、ただいま渋谷肉横丁に向かう途中である。