飲食店でマジックをやっていると、涼のマジックに喜んでくれたお客さんに、
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「こんなところじゃなくて、もっとちゃんとしたところでやるといいよ!知り合いがマジックバーやってるから、紹介してあげようか!」
といったような誘いを受けることがある。しかし、聞くところによると、マジックバーの給料というのは、涼が得ているチップに比べて、非常に少ないものであるようだった。
『もっとちゃんとしたところ』で演じるマジシャンのほうが収入が小さいというのは、やや皮肉な現状であるのだが、この差が、同じマジシャンでも職種が微妙に異なることに由来することを、今となっては涼は知っている。
おそらくバーマジシャンは技術職であるだろうが、居酒屋マジシャンは営業職なのである。
バーマジシャンが、マジックを見に来た観客にマジックを演じるのに対し、居酒屋マジシャンは、まず観客を探すために飲食客に声をかけて回らなければならない。
「マジックはいかがですか?」
「いや、結構だ」
こういったやり取りが日常茶飯事であり、マジックを演じることができるかどうかは、その前段階の交渉術にかかっている。交渉が上手くいった後、はじめてマジックを演じることになり、その満足度によって観客は値段を自分で決める。であるので、マジックの上手下手よりも、交渉の上手下手のほうが、まずは重要になるわけである。
この交渉はそれなりに苦労もあることで、涼が先日知り合ったプロボクサーマジシャンは、リングの上では相当な精神力を発揮しているだろうに、
「連続してお客さんに断られて、心が折れました」
と、その日は俯いていた。断られるのが嫌で、声をかけれなくなるマジシャンもよくいるのだと聞く。涼はもう断られることにも随分と慣れたものであるが、それも海外から活動を開始した経験が効いているのだと、よく思う。
というように、マジシャンであって、マジックよりも交渉が重要なのが居酒屋マジシャンなのだが、その苦労が収益に繋がっているのだから、今となっては、
「マジックだけをやっていたい」
とは思わなくなってきている涼だった。
そんな涼は、本日は、渋谷肉横丁で、断られてもめげずにマジックを演じる予定である。



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