相席屋でマジックの仕事をしたのは、一昨日が初めてだったので、涼はまず店のシステムの難しさに悩まされた。


相席屋とは、見ず知らずの男女が同席して飲食する出会い系の居酒屋で、女性無料で男性が全額支払うという、昨今の男女平等支払いからはずいぶんと時代を逆行したような支払いシステムを採用していて、それがとても人気で、とても来店客の多いチェーン店である。
相席屋は、そこでカップルが成立した場合には、エピソードを提供すれば5万円をキャッシュバックするようなキャンペーンをしているようで、ホームページにもそう書いてある。結婚するともなれば、結婚式の費用を100万円ぶん支援するようでもある。
もちろん、そういうエピソードが増えれば、来客数も増えることが見込まれるので、店員たちも、なるべく出会いが良いものになるように協力する。マジシャンも例外ではなく、お店の利益に協力すべく、初対面の2人組同士が、より親密になれるように演出するのである。
料金システムからもわかるように、マジシャンへのチップも基本的には男性が支払うことが多い。そういうわけで、涼も、男性客の希望を叶えるべく、女性を楽しませ、男性客をより良く見せるようにし、そして親密になれるように計らうのだ。言ってみればマジシャンはランプの魔人であり、男性客にはその主人であるアラジンを演じられるようにしているのだが、ところが、何を思ったか、魔人に突っかかって来るアラジンが意外と多いのには驚かされた。
普通に見ていれば、
「おふたりの繋いだ手を通って、カードが女性の手から男性の手へと移動します」
とか、
「相性の良い男女がサインしたカードには、不思議なことが起こるんです」
といったような展開になるのだが、それを自ら邪魔しようとするのである。失敗すれば、すなわち、
「これは、おふたりの相性が良くなかったということですね」
ということにもなり兼ねないのだが、それを理解しているのかいないのか。確かに、
「相性が良かったから成功したんです」
というのは演出であり、実際にはマジシャンの努力によって成功するわけなのだが、それを知った上で、
「すごい!僕たち、相性がいいんだね!」
と言っておけばよいのに、女性が引き気味の顔をしているのにも気付かず、マジシャンに突っかかってタネを暴きたがる行動を見ると、
「馬鹿野郎ですか!!」
と思わずにはいられなくなる。
マジシャン側が、ランプの魔人役を買って出ているのだから、アラジンになれるにも関わらず、わざわざマジシャンの邪魔をしようとする男性客がいる。しかしその上でマジックが成功してしまうと、『アラジンと魔人』の図式が変わって、『悪者とヒーロー』になってしまうことを理解できないのだろう。
「私、こっちの人たちより、マジシャンのお兄さんと一緒に飲みたい!」
とリアルに言われた時には、涼としても、ダメ男たちに呆れ果てたものだった。
ちなみに、こういう誘いに対して、一緒に飲んだり、連絡先交換をしたりすることを、マジシャンは禁止されている。
ちなみに、こういう誘いに対して、一緒に飲んだり、連絡先交換をしたりすることを、マジシャンは禁止されている。
マジシャンとして相席屋のテーブルに入ると、いろいろな人間模様が見えるのだが、こういう出会いの場でマジックを見るときは、気の知れた友人と飲んでいる時のように、好奇心を隠さずにタネを暴こうとするのは、涼としてはあまりお勧めできないところだ。もちろん、いついかなる時も、演目の邪魔をせずにマナー良く見てもらいたいというマジシャンの都合はあるのだが、しかし、通常、それで困るのはマジシャンであり、観客ではないのだから、
「私が困りますので」
という理由を押し付けるのは難しいし、観客がそれに従う理由にもあまりならない。
しかし、相席屋という特殊な飲食店のシステムを考えると、男性客は、時間を過ごすごとに支払いの金額が増えるのだから(30分ごとに料金が発生するシステム)、無為な時間を使わずに、有意義に過ごしたいはずのところである。マジシャンも、なるべく手短に演目を終えようと努力をしている。一方、女性客は無料であり、
「ダメ男にしか会えなかったのは残念だけど、まあタダで飲み食いできるからいっか」
という考え方もできるので、その限りではない。
そういうわけで、女性客がマジシャンの邪魔をするならば仕方のないことなのだが、女性客の嫌な顔を素知らぬフリで男性客が邪魔をしてくるのを見ると、
「正気か!?」
と涼は驚かされるのである。
女性の飲食費用まで全額支払うためにやってきた男性客に、なるべく効率的に、良い気分と良い結果を得てもらおうと努力するマジシャンの想いとは裏腹に、わざわざ女性客に嫌な思いをさせ、わざわざ演目を長引かせてお店に対するチャージ料を発生させる男性客を見ると、逆に、
「聖者か!」
と皮肉を言いたくもなるものである。自分の利益を顧みずに、女性に好きに飲食させ、お店にも多くの支払いをしているのだから。しかも、無料で飲食させた女性からも、
「つまらない男」
という評価をされることは必至だ。
女性客2人がお札のチップを入れるのを見て、
「え……そんなに……」
とおどおどしながら小銭を入れる男性2人を見ると、
「このテーブルはいち早く席替えをしたほうがいいだろう」
と内心思ったりもする。女性におごりに来たはずなのに、女性の財力に尻込みするようでは、先は見えないだろう。
「じゃあ、これ僕たち2人分で」
と1000円札を入れてくれるのはよいのだが、男性2人分ではなくて、女性の分も出したということにすればよいだろう。どうせ1人いくらと決まっているわけでもないのだから、同じ1000円でも、
「じゃあ、これ4人分で」
と言いさえすれば、女性におごったことになる。
「僕たち2人分で」
という言葉は、
「男性は男性、女性は女性で独立会計ね」
という響きがあり、男女間の心理的な距離を離してしまうので、あまり言わないほうがよいというのが、涼が傍目から見て思った感想である。まだ個人会計であるほうが望ましいように思える。2人まとめるけど、まとめ方として『男2人』、という方法は、男女の心の距離を縮める方法としては不向きであるだろう。
一方で、仮に500円を入れようと思った女性がいたとして、
「僕がまとめて払いますよ。1000円で」
と言ってしまうと、4人割りで250円しかおごっていないことになり、女性に難しい顔をさせてしまうことになるので、駆け引きが必要な部分はもちろんある。おごり切れていないのに、おごった顔をされるのは、いささか不本意だと思われることもあるだろう。
余談だが、部下が2000円を入れようとしたのを制して、
「ここは俺のおごりだ。全員分で」
と1000円を入れる上司を、涼はわりと見るが、そんなとき部下はとても気まずそうな顔をしている。おごりさえすれば、必ず信頼を勝ち取れるとも限らないことを、涼は経験上知っている。
20人の団体を代表して、
「俺に任せろ!」
と1000円を入れてくれる社長もいるが、1人当たり50円おごって、後々恩を着せられるのかなぁ、と言いたげな表情を浮かべる人々もいる。マジシャン側から見ると、そういう表情はよく見えるものである。
チップ額が多ければ、マジシャンとしては単純に嬉しいが、少ないからと言って不満を言える立場ではない。しかし、マジシャンが不満を言わずとも、おごられた側に不満を持たれてしまうとしたら、おごった甲斐がないというものだろう。
殊に相席屋という特殊な料金システムのお店では、チップ具合は、その後の男女関係に大きな影響を与えるだろう、というのが、仕事をしてみた涼の手応えと感想である。
廣木涼を応援するボタン「私が困りますので」
という理由を押し付けるのは難しいし、観客がそれに従う理由にもあまりならない。
しかし、相席屋という特殊な飲食店のシステムを考えると、男性客は、時間を過ごすごとに支払いの金額が増えるのだから(30分ごとに料金が発生するシステム)、無為な時間を使わずに、有意義に過ごしたいはずのところである。マジシャンも、なるべく手短に演目を終えようと努力をしている。一方、女性客は無料であり、
「ダメ男にしか会えなかったのは残念だけど、まあタダで飲み食いできるからいっか」
という考え方もできるので、その限りではない。
そういうわけで、女性客がマジシャンの邪魔をするならば仕方のないことなのだが、女性客の嫌な顔を素知らぬフリで男性客が邪魔をしてくるのを見ると、
「正気か!?」
と涼は驚かされるのである。
女性の飲食費用まで全額支払うためにやってきた男性客に、なるべく効率的に、良い気分と良い結果を得てもらおうと努力するマジシャンの想いとは裏腹に、わざわざ女性客に嫌な思いをさせ、わざわざ演目を長引かせてお店に対するチャージ料を発生させる男性客を見ると、逆に、
「聖者か!」
と皮肉を言いたくもなるものである。自分の利益を顧みずに、女性に好きに飲食させ、お店にも多くの支払いをしているのだから。しかも、無料で飲食させた女性からも、
「つまらない男」
という評価をされることは必至だ。
女性客2人がお札のチップを入れるのを見て、
「え……そんなに……」
とおどおどしながら小銭を入れる男性2人を見ると、
「このテーブルはいち早く席替えをしたほうがいいだろう」
と内心思ったりもする。女性におごりに来たはずなのに、女性の財力に尻込みするようでは、先は見えないだろう。
「じゃあ、これ僕たち2人分で」
と1000円札を入れてくれるのはよいのだが、男性2人分ではなくて、女性の分も出したということにすればよいだろう。どうせ1人いくらと決まっているわけでもないのだから、同じ1000円でも、
「じゃあ、これ4人分で」
と言いさえすれば、女性におごったことになる。
「僕たち2人分で」
という言葉は、
「男性は男性、女性は女性で独立会計ね」
という響きがあり、男女間の心理的な距離を離してしまうので、あまり言わないほうがよいというのが、涼が傍目から見て思った感想である。まだ個人会計であるほうが望ましいように思える。2人まとめるけど、まとめ方として『男2人』、という方法は、男女の心の距離を縮める方法としては不向きであるだろう。
一方で、仮に500円を入れようと思った女性がいたとして、
「僕がまとめて払いますよ。1000円で」
と言ってしまうと、4人割りで250円しかおごっていないことになり、女性に難しい顔をさせてしまうことになるので、駆け引きが必要な部分はもちろんある。おごり切れていないのに、おごった顔をされるのは、いささか不本意だと思われることもあるだろう。
余談だが、部下が2000円を入れようとしたのを制して、
「ここは俺のおごりだ。全員分で」
と1000円を入れる上司を、涼はわりと見るが、そんなとき部下はとても気まずそうな顔をしている。おごりさえすれば、必ず信頼を勝ち取れるとも限らないことを、涼は経験上知っている。
20人の団体を代表して、
「俺に任せろ!」
と1000円を入れてくれる社長もいるが、1人当たり50円おごって、後々恩を着せられるのかなぁ、と言いたげな表情を浮かべる人々もいる。マジシャン側から見ると、そういう表情はよく見えるものである。
チップ額が多ければ、マジシャンとしては単純に嬉しいが、少ないからと言って不満を言える立場ではない。しかし、マジシャンが不満を言わずとも、おごられた側に不満を持たれてしまうとしたら、おごった甲斐がないというものだろう。
殊に相席屋という特殊な料金システムのお店では、チップ具合は、その後の男女関係に大きな影響を与えるだろう、というのが、仕事をしてみた涼の手応えと感想である。



コメント
コメント一覧 (6)
相席屋で女性とお近づきになろうとする男性方はそんな
だから、相席屋に来るのかなと思ってしまいました。
手厳しいですね(笑)
でも、そのとおりだと思います。
何度行っても上手くいかない、という人は、こういう点を見直したほうがよいかもしれません。
もしよろしければご教授ください。
コメントありがとうございます。
飛び込みでやっているわけではありません。
お店と契約しているマジシャンのグループに入れてもらい、シフト組んでもらっています。
因みになんですが、ストリートの動画を拝見させて頂いたところ、テーブルは折りたたみではないように見えますが持ち運びはどのようにされているのですか?
動画も見ていただいたのですね。
ありがとうございます(^^)
テーブルは折り畳みではなく、組み立て式です。
バッグに収まるように寸法を取って、自分で作りました。
設計図もブログで載せたことがあるので、よかったら参考にしてください。