涼は、毎日1箱から2箱のバイスクルカードを消費しているが、随分前から、カードの質が悪くなったような印象を抱いていた。ダース買いで安く仕入れているので、質の悪い型落ち品を安くセット販売しているという理由でもあるのだろうか、と勘繰っていたのだが、聞くところによると、バイスクル全体的に質が落ちているらしいし、さらに聞くところによると、その理由は工場を移転したからであるという話もある。
 そんな中、今日届いたダース売りのバイスクルは、さらに品質が粗悪であるように感じられた。
 プロ野球の投手でも、ボールを替えた初球は暴投してしまうことがあるように、マジシャンであっても、カードを替えた直後は滑らせて落としてしまうことがある。予想していたカードコンディションと違ったときにそういうことが起こるし、コンディションは短い時間でも、わりと劇的に変化をしたりもする。最近、1時間や2時間でカードチェンジしているにも関わらず、カードが随分消耗しているように感じるのは、工場移転による品質低下が理由なのかもしれない。
「本日最初のお客様なので」
 今日の涼も、いつものように、新品のカードの封を切った。
「ちょっと触ってみますか?」
 自分がシャッフルするよりも先に観客に渡し、それを返してもらってからはじめてシャッフルをしたのだが、
「硬っ!」
と内心驚かざるを得なかった。カードのしなりが悪く、厚紙の束を握っているような感覚であった。観客がカードを触りながら様々な感想を言っているときに、
「マジシャンはこんなカードを使っているんですよ」
と、カードに触りもせずに言ったのを、シャッフルした後に訂正したくもなった。
「こんなカードは使っていません」と。
 ダブルリフトで2枚を持ちながら、厚みが2枚分なのに、硬さが3枚分であるように感じられ、自信を持って演じることができなくなるようなことにもなってしまうのだ。
 品質悪化がさらに進んでしまうようなことがあれば、バイスクル以外のカードを使う状況が、遠からずやって来る可能性もあるだろう。



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