涼はタイトル当ての推理小説『○○○○○○○○殺人事件』を読み終えた。
 涼は仕事場に行くまでの電車の中でブログを書くことが多いが、最近ブログの更新が少なかったのは、その間に読書をしていたという理由であり、読み進めるのがなかなかに楽しい小説であった。

 半分ほど読んだ時点で、涼はある推理をしていた。犯人やトリックについて、そして犯人を追い詰める決め手について、ある展開を想像していた。前書きで、大変難易度が高いと著者自身は述べたものの、それほど難しい謎ではないと涼は思っていた。
 そして読み進めると、解決編の直前に挿話があり、
「難しいと作者は言ったが、なんと簡単でありふれたトリックだ、と読者は思ったことだろう。犯人が○○で、トリックはこうで、こういう叙述にはこういう意味があったのだと、読者は思ったに違いない」
というような作者の言葉があり、涼が考えたトリックや展開は、作者が予想していたものだと気付かされ、驚かされもした。あるいは、そう誘導されたのかと、作者の筆の妙を褒めたい気持ちにもなった。
 しかし、解決編を読んで、さらに驚かされた。誘導されたも何も、ただ正解だっただけであったのだ。
「じゃあ、さっきの挿話は何なんだ」
と、無意味な挿話に苛立ちを感じてしまうのである。
 半分を読んだ時点での涼の想像が、ほぼほぼ正しかったのである。その後、何の捻りもなかったというわけではなく、驚きの叙述トリックが明らかになったりもしたのだが、尻すぼみ感が拭えないものがあった。
 肝心のタイトル当てについてだが、読了前に涼がアマゾンのレビューで著者の評価を調べていると、ネタバレ投稿をしているコメントが目に入ってしまい、残念なことに途中段階で答えを知ってしまったというアクシデントもあった。もっとも、トリックがわかったからと言って、タイトルがわかるかというと、そうでもなさそうだと思えるものだったのだが。連想するならば『犬神家』である。

 ところで、この本はノベルス版と文庫版で表紙が違う。











 上が文庫版で、下がノベルス版である。
 涼は、文庫版の表紙を見て興味を抱いて購入を決めたが、もしノベルス版のほうに出会っていれば、おそらく買わなかったであろう。読んだ感想としては、ノベルス版の表紙のほうが、より作品の特徴を表しているように思う。


 さて、そんな涼は、今日は新橋横丁でマジックを演じることになっている。
 多くの飲食客の来店を心待ちにしている次第である。




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