『〇〇〇〇〇〇〇〇殺人事件』を読み終えた涼は、引き続き、買い置きしていた『トランプ殺人事件』を読み始めた。




  しかし、この作品は非常に読みにくかった。まだ4分の1ほどしか読み進めていないが、ここまで読む間に何度か読むのをやめようかと思ったことか。
  『〇〇〇〇〇〇〇〇殺人事件』は、読むには非常に読みやすかった。登場人物の特徴も把握しやすかったし、わりと文章から情景が見えた。比較して『トランプ殺人事件』はと言うと、登場人物の設定が名前だけであり、特徴が掴めない。それも、苗字か下の名前かのどちらか一方しか出てこないので、フルネームすら覚えられない。最初に1度だけフルネームで出た人物もいたが、1度で覚えられるはずもないし、2人の名前の区別がつかないほどの状況で下の名前が出ても印象に残るはずもなかった。
  段落の切り替わりが頻繁で、その都度場面や視点が変わるので、誰の視点で描かれているのかを理解するにも時間がかかるし、突如出てきた人物が先ほどまでの場面とどういう関係の人物かもわからない。
  文章から風景があまり見えてこないのも苦しいし、話の内容が、マニアックなトランプゲームのルールを知らないとわからないようなもので、登場人物たちはカードを配ったり場に出したりしていて、
「残念。負けた」
などと言うのだが、どう負けたのかさっぱりわからないし、ゲーム中の攻防も見えてこない。手札の描写はあるが、その手札が強いのかどうかが読者にはわからないことだろう。
  
  と、まあ、読みながら、あまり面白いとは思えないものだった。もしかすると、この後でわかりやすい展開になるかもしれないし、最後まで読むと感動があるのかもしれないが、ここで読むのをやめてしまう読者だっていることだろう。
  あるいは、涼はすでにお金を払って購入をした後であるので、著者としては大成功だと言えるのかもしれない。売れればそれで良い、とも言える。

  毎回考えさせられるのが、作品の売れ行きは、何に依存するのかということだが、涼がこの本を買ったのは題名にピンと来たからであるし、この本が涼の目につくところに平積みで陳列されていたからである。作品の内容を知って買ったわけではない。
「つまり、内容より表紙や陳列場所なんだよね」
と、常々思っていることが、このときまた強く思わさせられた。
  著者としての涼は、この点をうまく活かして売り上げを上げねばならない立場である。


  さて、今日の涼は、渋谷肉横丁に入ることになっている。




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