先月も今月も、仕事はうまくいっていて、マジシャン業は勤務時間が短いわりに手取りが多く、若かりし頃のサラリーマン時代を思い浮かべながら、
「もう勤め人には戻れないなぁ」
と涼は思ったりしている。転職したことも、それなりに正解だったと思っているわけだ。目標に対し、それなりに成功しているような気もしている。
  とはいえ、涼がそう思っているからといって、観客もそう思うというわけでもないようで、
「40歳にもなって、こんなところでフラフラとマジシャンなんかやって!」
と居酒屋の酔った飲食客に言われることもある。
  そういう人は、ダメな人を応援したくなるような心持ちであったりもするようなので、敢えてダメな人物のように振る舞った方がチップが増えることもあり、わざわざマジシャン業が稼げる職であることを伝える必要もないことだろう。

  観客の認識としては、居酒屋マジシャンよりもバーマジシャンのほうがちゃんとした職業であり、稼ぎも良いだろうという思いがあるようで、
「マジックバーを紹介するよ」
と言ってくれることもあるが、マジックバー出身の同業者たちの声を聞くに、
「今さら安月給のマジックバーでは働けない」
と言う。バーで働いていたが、収入を増やしたくて居酒屋で演じるようになったのだという声もある。
  もちろん、バーの経営者と雇用者は立場が異なり、経営者になれば利益も大きいのかもしれないが、それは雇用者のマジシャンを安月給で雇うから、という側面もあるだろう。高給で雇うと経営が苦しくなるところもあるかもしれない。いずれにしても、経営者とマジシャンの個別の契約がどのようになっているか、というのが各々の収入に影響しているところだろう。
  涼もまた、安月給で働く気にはなれないところだが、涼が居酒屋でもらうチップ額は、給料としてもらうには経営者泣かせの額であるので、バーの経営者が涼の納得する額を提示することはできないであろう。涼に限らず、同業者たちは皆そうであるだろうと、涼は思っている。




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