涼がまだアマチュアであった頃、テレビによく出るプロマジシャンに質問する機会があり、手順を変更した理由を訊いたことがある。ある出演回のときだけ、微妙にマイナーチェンジしていたのが、涼には気になったのだ。誰も気にとめないくらいの、僅かな変更であったのだが、そうであれば尚更、前回と全く同じ手順にすればよいのではないか、と涼は思い、なにか大きな意味があって変更したのではないかと勘繰ったのだった。
   その時の返答で、番組の時間の枠の都合だと、そのプロマジシャンは言った。
「秒単位で尺が区切られるんです」
   彼がそう言ったのを、アマチュアだった涼は、よく理解ができていなかった。
「そこまでの精密さを求められることがあるのだろうか?」
という点に、疑問を抱いたものだった。


   そんな涼も、今は仕事としてマジックを演じていて、とても尺を気にしている。
   今日も披露宴でのマジックの仕事があり、15分の枠で依頼されていて、結果的に14分44秒で演目を終了でき、ホッと胸を撫で下ろしているところだ。依頼人から渡されたプログラムを見ると、涼の演目開始の15分後には、次の予定が組まれているのだから、否応なく時間を意識させられるわけだ。
   結婚式場のスタッフは、時間の超過をとても気にしている。当日の1分の超過をなくすために、前もって1時間打ち合わせをしていたりもするようである。それでも超過してしまうのが披露宴というものでもあるが、今日の披露宴に関しては、時間通りにスケジュールが進み、スタッフの意識の高さが伺えた。もちろん、プロとして仕事を受けた以上、涼も同じ意識でいた。

   実は涼は、結婚式での演目回数はそれなりに多く、20回を超える。これは仕事ではなく、友人として招待され、友人として行った余興の回数である。まだプロ意識があったわけでもなく、時間を超過したことも1度や2度ではない。
   仕事として依頼されたのは、今日がはじめてで、演じたマジックは、演目としてはアマチュア時代と同じである。しかし、依頼料はアマチュア時代には想像しなかった額であり、演目終了後には、
「依頼して本当に良かったです」
と感謝のメールも届いた。

   涼が常々思っていることであるが、アマチュアとプロの違いは、演目や腕前ではなくて覚悟や意識である。「マジックをする人」と「仕事をする人」という意識差があるだろう。
   であるので、最近は「プロ級のマジック」というフレーズを見るたびに、
「なんだそりゃ?」
と思ってしまうのだ。プロが持っているのは「プロ級のマジック」ではなく「プロ意識」であるだろう。
   マジックと違って、「意識」は教えられるものではない。従って、「プロになり方」もまた教えられるものではないだろう。
「僕はこんな風にやってマジックの仕事をするようになりました」
という経歴を伝えることはできても、実際に意識を持つためには、自分でいろいろとやってみるしかない。

   かく言う涼も、はじめからそれがわかっていたわけではない。実際にやりながら、過去のプロの発言を思い出しながら、だんだんと実感しているだけである。
   そんな涼が考える「プロマジシャンになる方法」はとてもシンプルである。
①プロマジシャンだと名乗る
②その名に恥じない仕事をしようと常々意識する
   教えられないと言いつつも教えようとすると、言葉としてはこれだけしかない。しかしこの2点だけできれば、スキル上の問題などはすぐに突破できることだろう。