今日はヘブンアーティストの公開審査会であり、涼もこの審査会で演じる身であった。
   涼は昨年も同じ審査を受けて、見事に落選した苦い思い出がある。その悪い記憶を塗り替えるために、涼は再度の受験を試みたわけである。
   その結果、今日はとても満足のいく演技ができたと思い、胸を撫で下ろしているところだ。合否に関しては、現時点で涼が知ることはできないが、たとえ不合格であったとしても、あるいは満足であると言えるだろう。
   そもそも、今年の受験動機は、ヘブンアーティストとしての資格が欲しいというよりは、昨年の不甲斐ない演技に対してのリベンジがしたい、という思いが強かった。
   涼のこだわりとして、クロースアップへの意識は強い。ステージマジックやサロンマジックの距離感ではなく、30cmのクロースアップの距離感で勝負をするのだと、涼は常々決めている。
   しかし観客から見れば、どの距離感であっても、マジックはマジックであるだろう。だから、
「ぜひお近くで」
と言ったところで、ステージの上に上がって来てはくれなかった。
   その点を踏まえて、今年はいかに観客にステージ上まで来てもらうかを考え、持ち時間15分のうち10分という時間を観客を呼び寄せる時間として使うことを決めた。
   結果的には5分か6分で、意外に多くの観客がステージ上まで来てくれて、予想よりも長い時間をマジックに費やすことができた。そして気付いたのだが、涼も緊張しているのだが、ステージ上に来てくれた勇気ある観客たちもまた、とても緊張していた。自分たちも舞台に上がっているという意識があるのだろう。試験会場の、独特の雰囲気が、とにかくステージ上の者を緊張させるのである。
   それに気付いたとき、涼は、その観客たちの勇気に感謝したものである。おかげで涼は、少なくとも自分自身では納得のいく演技ができたのだ。


   そんなひと満足があったりもしたが、本日も涼はマジックの仕事である。
   19時〜22時、上野産直飲食街+食道楽が、今日の涼の職場である。