少し前のことだが、涼が上野でホッピングの仕事をしていると、ひとりの路上ミュージシャンが歌っているのを見かけた。
 上野で仕事をするとき、涼はいつも数店舗を移動しながらマジックを演じていたので、移動中に路上ミュージシャンを見かけることはよくあることであるし、もっと言うと、路上ミュージシャンに限らず、流しのギタリストといつも同じ店でマジックの仕事をしている涼は、生の歌を聴くことは少なくない。いつも良い歌声を聴かせてくれるギタリストに、涼はたまにチップを渡したりもするし、この日も、その路上ミュージシャンにチップを渡したくなった。
「さっきから、何度も通っていただいてましたね!また来ていただいてありがとうございます!」
とそのミュージシャンは、チップ箱に手を差し出す涼に笑顔を向けた。
 その歌手は、有坂ちあきと名乗った。


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 彼女がメジャーデビューも果たしていて、それなりに売れた歌手だと涼が知ったのは、ずいぶんと後のことだった。ウィキペディアにも載っていた。しかし、とても良い歌声であったので、そうであったとしても何の不思議もない。
 むしろ驚きだったのは、それなりに売れているにもかかわらず、CDを路上で手売りするポリシーを持っていることであった。90日間の路上ミュージシャン活動で、CD5000枚を完売させたりするその手腕には、畏怖の念さえ抱いてしまうほどである。たとえばCDを毎日50枚売ったとしても、90日間で5000枚には到達しないのだから、それ以上のペースで売っていることになる。売り上げ額で言えば、たとえば1枚1000円で売ったとして、毎日50000円ぶん売っても、目標に届かないのだ。しかも、路上パフォーマンスなのだから、雨が降ればできないし、通報されれば警察も来る。1枚では大して嵩張るものでもないが、50枚を毎日持ち歩かねばならないとなると、あるいは、もっと売れることを想定して毎日100枚を持ち歩いているとなると、持ち運びの苦労もあることだろう。ストリートではいろいろと難しい事情があることは、涼もよく知るところである。 
 しかし、そんな環境下で、それだけの結果を達成しているというのは、驚きを通り越して、ただただ感服するばかりだ。涼の立場に置き換えるならば、路上で著書を3ヶ月で5000冊売ることと同じはずである。できるとも思えないし、やろうとも思わないことだ。
 それでも、それをやっている人がいて、達成したという結果がある。またひとり、勇気をもらえるアーティストを知った、と涼は心を暖かくしているところである。




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